昔々あるところに、雇われ漁師がいました。
船主が所有する船に乗り、漁師見習いの若者たちを率いて漁に出ます。
ある日、一人の若者が漁師を志して弟子入りを志願してきました。
弟子入りを認めるかどうかを決めるに当たって、いくつか適性を確認してみましたが、どうも思わしくありません。
しかし、船上が大人数で賑やかになるのを好む船主はこの若者を受け入れることに決め、
雇われ船長に面倒をみるよう指示しました。
その後、やはりこの若者は漁師に全然向いていないことがわかってきます。
船酔いがひどいため、船上でまともに作業ができませんし、
そもそも、気持ちが悪くて素手では魚をつかめないという有様。
「向いていない」どころか、漁師には最も不向きな人間なのではないかと、雇われ船長は呆れるばかりでした。
一向に仕事を覚えられず、まるで戦力にならないため、毎日怒鳴られている若者ですが、
漁師志願を諦めて、別の仕事を探そうという素振りは見せません。
かといって、自身の現状を憂いて人一倍の努力をするでもなく、
雇われ船長を煩わせるだけの無為な日々を過ごしていました。
未だにロープをしっかり結ぶことすら、ままならない体たらくです。
若者が船に乗り始めてからしばらく経って、更に若い少年が弟子入りしてきました。
その少年は漁船に乗るのは初めてでしたが、海に慣れ親しんで育っていたため、
魚の扱いには慣れていましたし、要領も良かったので、漁師としての知識を次々に身につけていきます。
そんなある日、雇われ船長は、若者と少年が話をしているのを小耳に挟みました。
若者が少年にこう語りかけています。
「僕たちが漁をして魚を獲って来なかったら、村の人たちは食べるものに困ってしまうので、すごく大事な仕事なんだよ。」
ロープの結び方も覚えられない若者の先輩風を吹かせた物言いに、少年は困惑して苦笑いを浮かべていました。
若者の見習い期間はあと少しで終了します。
その後は、自分で漁に出て生計を立てねばなりませんが、
一人では漁の仕掛けも作れませんし、未だに船酔いもひどいですし、魚にも触ることができないままです。
さて、彼の将来や如何に……。
……。
……。
……。
雇われ船長は、この3月いっぱいで下船して隠居することになりましたが、
その後、この若者は一体どのような人生を歩むのでしょうか。
そもそも、若者自身が自分の状況をどう把握して、どのように考えているのか。
雇われ船長には全くわかりません。
以前に雇われ船長は、かなり直接的な表現で、
「君には漁師としての適性が全く無い」旨を本人に何度も指摘しているのですが、
それが彼にどう響いたのか、響いていないのか、それすらも不明です。
自分の最低限の責任は果たしたと思っていますし、彼の今後の人生には全く興味はありません。
そもそも、冒頭のところで船主が弟子入りを拒絶すべきだったと思いますが、覆水盆に返らず。
イバラの道で、頑張ってね。